自分が年を取れば、同じように上の世代も年を重ねていく。
いつか来るものと分かっていても、先送りにしてしまっていたもの、それが通夜・葬儀の支度だった。
父が亡くなったのは、去年のことだった。
喪服、いわゆるブラックフォーマルなんて、この歳になれば一着くらい持っていて当然だと思っていたけれど、実際には私にはその機会がなかった。
仕事関係で参列することもなく、友人知人の不幸事もなかった。結婚していれば婚家の法要が多少なりともあったかもしれないが私は独り身だし、幸いにも、私の身内も、私が20代の時に祖父母が逝ってしまったきりだ。
今も昔も、喪服の購入には苦労する。学生時代は制服が正装だからよかった。
私は若いころから周囲よりも体が大きかった。ありていに言えればずっと肥満体型を健康診断の時にチェックを受ける体型なのだ。
20代で買ったときは、まだ店舗に置いてあるサイズでも体が入った。しかし、喪服とは基本的にタイトなつくりをしている。
13号の喪服。試着したときに、「これ以上太ったら着られなくなるな」とうっすら感じていたが、選択肢はなかった。
今よりもずっと、大きなサイズの服を探すことが難しい時代だった。
この喪服、この買ったときに着たきりで、二度と袖を通さなかった。
30代も終わりに差し掛かりそうなときに、手放すことを決めた。試着しなくても分かる。完全にサイズアウトしていた。
このとき、一応ダイエットを試みようかとも考えた。だって一回しか着ていない。クリーニングから戻ってきた後も保管を気を付けていた。汚れも虫食いもない、奇麗な状態なのだ。そう何度も着たいと不謹慎なことは言わないが、もったいない。
でも、現在40代の私が20代の時に買った喪服だ。できるだけプレーンなボレロジャケットとワンピースのセットを選び、流行り廃りがないデザインにしたつもりだった。でも、ボレロジャケットの丈が短く、「今」の私が着るには若すぎた。
ちなみに、このまま捨てることに未練があり、ネットオークションに出した。「汚れも虫食いもない、奇麗な状態なのだ」という自意識が捨てきれなかった。まだ覚えている。出品価格5000円。落札はされなかった。ネットオークションはタイミングもあるから仕方ないね。
だから、去年父が亡くなった時は、喪服がなかった。正直なところ、もう少し生きると思っていた。
この時は、葬儀の手配をお願いした葬儀社から喪服を借りることになった。借り物はファスナーの位置に少し戸惑ったけれど、前ファスナーで着脱しやすい作りになっていて、「今の喪服はこうなっているのか」と感動したことを覚えている。
バッグは、20代後半で喪服を買ったのと同じ時期に、デパートで8,000〜9,000円くらいの布光沢系の物を買っていた。装飾や金具のないワンハンドルタイプで、購入するときはもっと安いものでもよかったのでは…と内心汗をかいたけれど、このバッグだけは十数年経った今もそのまま使えている。結果、良い買い物だった。
靴は、正直、喪服より苦労した。装飾のないプレーンな黒いパンプス、というのが、探してみると意外に店頭で見つからない。数年前まで結婚式用に持っていたシンプルな黒のパンプスがあったのだけど、お呼ばれの機会ももうないだろうし、普段はぺたこんこ靴ばかり履いているから、もういいかな、と思って手放していた。今思えば、あのとき手放さずに取っておけばよかったと少し後悔している。細くて7cmヒールでも、ないよりましだ。
翌日に通夜を控え、行ける範囲の店を3〜4件回った。結局、大型ショッピングセンターに入っているテナントで、ヒール1cmほどのローヒールパンプスを見つけて購入した。
あまりにヒールの高さがなさすぎて、本当にこれでいいのか迷いに迷ったけれど、結果問題なかった。この靴は、今もプライベート用として愛用している。
葬儀社の喪服を借りて、その場はしのげた。
でも、父の葬儀で久々に会った親戚の姿に、自分の物を一着持っておこうと考えるようになった。
バッグだけは、20代の時に初めての喪服と一緒に買ったワンハンドルのシンプルなものをずっと使っている。値段は1万円程度だったと思う。当時は高い買い物だ…と脂汗を掻きながら会計したものだが、今となってはそれなりのものを買っておいて良かったとしみじみ感じている。手入れを気を付けていれば、喪服のようにサイズアウトすることもデザインに流行り廃りもない。
半年ほど経った今年の6月に、親戚の入院を知らされた。いつどうなるかお迎えが来るか分からない、と。
手持ちの黒のパンツスーツのセットアップでは、通夜の一時しのぎにはなっても解決にはならない。
一着用意しようと決めてから、まずレンタルサービスも検討した。
保管しないで済むなら、その都度の多少の出費は目をつむるつもりだった。
サイズ展開の豊富さと、発送の早さ(翌日着に対応しているところ)を軸に、候補を2つほどまで絞り込んだ。ただ、サイズ表だけでは実際に合うかどうか確信が持てなかったのと、「明日通夜」という状況になった時に、レンタル品の到着が間に合っても。サイズが合わなかったら意味がない。やはり手元に持っている方が安心だと、見送ることにした。
私がブラックフォーマルに求めるのは、動きやすいこと、膝が隠れるスカート丈であること、裏地がついていること、一年を通して着られること、自宅で洗えること。
「ちゃんとした大人」に見られる身だしなみを維持しながら、商品の手入れの手間は可能な限り省きたい。
サイズ展開が豊富なネットショップをいくつか見て、最終的に決めたのは、ワンピースタイプのブラックフォーマル。ジャケットっぽい重ね着風になっている。通夜葬式ではジャケットが一般的だ。
最後まで、ジャケットとセットになっているタイプを迷った。本音を言えば、喪服はジャケットかボレロの方が「らしく」見える気がしている。でも、ジャケットは二の腕まわりもタイトなつくりになっていることが多い。楽に着られるほうが良い。
頭を悩ませていたサイズ選びも、ショップが有料オプションで試着チケットなるものを用意してくれていた。まさに、私が普段やっている、「迷ったら2着買って、片方を送料を自己負担を承知で返品する」ということをショップ公認でできる。このチケット購入金額がほぼ返送料金になる。すごく送料の負担が減るわけではないが、ショップに悪いことをしたな…という罪悪感は減る。
ブラックフォーマルだけのつもりだったけれど、パンプスも3Eの取り扱いがあったので一緒に買った。ちょっとだけヒールがあるやつ。足が幅広だから助かる。長さは、足がなじんでくると若干大きいかな…?という気持ちになったが、許容範囲だ。
といった感じで、ネット通販で必要なものを揃えて間もなく、訃報が届いた。
準備万端整ったところで、通夜に臨んだ。
その後に行った父の一周忌も、慌てることがなかった。
手元に実物がある安心感、良かった。
事前に用意しているのは縁起が悪いけど、やっぱり一揃え用意しておかないと、後々慌てることになる。サイズ選びに自信がないとなおさらだ。今回ネットショップを利用したのは、価格がお安めだとか実店舗に行く時間がないとか、そういうことじゃない。シンプルに私の体が入るブラックフォーマルがないのだ。
専門店の方が、もっと質の良いブラックフォーマルが手に入る。店舗に探しに行ったときに見た商品の黒と、通販で買ったブラックフォーマルの黒って、やっぱり違う。
きっとこの黒の濃さが、専門店で買うメリットなのだと思う。
格の違いを分かったうえで、40代で一人暮らしをしている私は扱いやすさを優先した。

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